本に関わること文林堂印刷

文林堂

「活字を拾って作った本を子どもが読んで、その後の人生が決まったという人もたくさんいたんですよ」

そう話しながら山田善之さんが小指の爪ほどもない小さな活字を組み合わせていく。昔ながらの活版印刷である。福岡市の文林堂では昭和の頃に見られた光景が今も続いている。

少年時代に憧れたドイツ製の印刷機。「これが欲しくてね」と山田さんが話している間に電源が入り、印刷機が高速で動き始めた

山田さんが活版印刷で一部を仕上げた工藝新聞タタター

物心がつく前から、父親が始めた印刷所が遊び場だった。活字とインクにまみれて育ち、10歳になると、山田さんも仕事の手伝いをしていた。お客さんから注文が入ると、鉛の合金でできた活字を拾い、「文撰箱」と呼ばれる木箱に入れていく。そして、指示されたレイアウトに活字を配置して印刷用の型「組版」をつくる。

時間をかけて仕上げた組版を印刷機にのせて固定する。ようやく印刷作業である。活字にインクをつけ、そして紙をプレスする。圧力をただ掛ければいいわけではない。乱暴に刷ると「裏に抜ける」のだという。活字の凹凸が紙の裏にまで出てしまうのだ。

裏に抜けないように、心を落ち着け、丁寧に力加減をコントロールする。そうして仕上げた商品をお客さんのところに配達した。

「ああ、いいのができたね、と言ってもらえて、飴玉をもらって帰ってくるの。仕事は面白かったですよ。積木かブロック遊びみたいで。でも、いまだと児童虐待って言われるかもね、ははは」

「本」と聞いてイメージするのは、著者の存在や書かれている内容という人は少なくない。

しかし、1冊の本ができあがるまでに、山田さんのように、さまざまな人が関わっている。著者がつむいだ言葉を形にしていく、いわば裏方作業である。裏方でありながら、欠かすことのできない存在であった。ディスプレイ上でレイアウトして、ワンクリックで印刷する現代とは大きく異なる時代だ。

「活字にして初めて文章が命を持つというくらい、大事なものだったんです。自分の主張を大勢に知ってもらう数少ない手段でしたから。時間もコストもかかるから、だらだら長い文章でアピールしないんですよ。大事なのはいかに短くアピールするかでした」

限られた時間で一生懸命つくった組版に「ここに何文字か入れてください」と言われることもあった。1行が増えるだけで、ほかのページも組み替えていかないといけなくなる。手間のかかる作業だ。それを聞くと「活字には一文字、一文字に魂がこもっています。今は簡単に文章ができる」という山田さんの言葉には重みがある。

職人が動き回る印刷所は、山田さんにとっての学び舎でもあった。

例えばと言いながら、1枚の名刺を取り出した。「編集室」と印刷された文字の両脇には点線が入っていた。

「編集室ということで原稿用紙の点線をイメージしました。それだけではなく、どれだけ空白を取ると見やすいのか、読みやすいのかを考えています」

少年時代に父親から「文字ばかりに集中するな。物事はすべて黄金律なんだ」とたびたび怒られ、独学でレイアウトを勉強。デザイン学校に通うことなく、日々の仕事を通じて実践で学び取った。根っからの職人だ。

だから、印刷業といいながらも、お客さんと二人三脚でレイアウトやデザインを手掛ける。そんな昔気質のやり方に仕事の醍醐味を感じている。現代は、当時とは比べようもなく技術革新を遂げたが、現代で求められているのはスピードと価格競争。山田さんにはそれがすこし寂しい。

過去には時代の移り変わりに伴い、1982年頃には活版印刷の機械をほとんど廃棄。しかし、活版への思いは捨てられなかった。お客さんとの対話を大切にする昔ながらの仕事や活版印刷の文化を伝えていこうと、時間をかけて再び買いそろえた。2020年には、若き日に憧れたドイツ製のハイデルプラテン型印刷機を65年越しに購入した。

山田さんのもとには、昔ながらの活版印刷を求めてくるお客さんが後を絶たない。山田さんは活字を拾い、印刷機が規則正しい動きを繰り返す。こうして文林堂の日常、活版印刷の歴史はきょうも刻まれていく。

カレンダーは14日に活版らしい遊び心が感じられた