本に関わること1F右製本

1F右

一本の糸を通すたびに紙の束がつなぎ止められ、本ができていく。手作業による、昔ながらの製本作業である。

糸を操るのは、製本職人ヒラヤマトモコさんだ。福岡市南区にある工房・製本教室「1F右」では、今もこうした手仕事で本を綴じている。

60工程以上ある製本作業とあって、使用する道具も多岐にわたる

糸で丁寧に縫い合わせて「かがり」の工程

ふたつ折りにした紙の束。その背に開けた穴に、専用の針で器用に糸を通す。縫い合わせるように繰り返すと、本が仕上がる。本を「綴じる」という言葉の意味がよく分かる作業だ。

自分で本を作るほどだから、言わずもがな。ヒラヤマさんも本好きだ。製本を仕事にする前は図書館で司書をしていた。壊れたままの本を直したいけれど予算が足りない。そこで製本に興味を持ち、学び始めた。

手を動かすうちに、ぐいぐいのめり込んだ。「もっと知りたい、もっとやりたいの果てがこれです」とヒラヤマさんが苦笑する。本作りの奥深い世界のとりこになったのだ。

学ぶほどに知りたいことは増えていく。どうせなら一通りすべてを学ぼうと、本場フランスで、技術を覚えることにした。

「日本で『本を作っています』というと、よく編集?小説を書いてるの?と聞かれます。けれどフランスは、製本だとちゃんと分かるんですね。みんな知っていて、いい仕事だね、美しい仕事ね、と言ってくれます」

製本が身近にあるフランスで、箔押しや、表紙の裏に使う「見返」の紙を染める作業など、日本ではなかなか覚えられない専門技術も習得した。腕が認められ、今もフランスの展示会に招かれるほどという。

出展するのは、デザインや技術の詰まった一点ものの「工芸製本」の本だ。デザイン性はもちろん、新しい素材を使うなど、実用性よりも、アートとしての側面が強い。ただし、こだわるのは見た目だけではない。

「むしろ見えないところに時間をかけるのが製本と言えます。本ができたら、見た目ではわからなくなる仕事が大半ですから」

そう言って、ヒラヤマさんが一冊の本を手に取った。なめらかな、革の表紙カバーの本だ。表紙の皮には凸凹が分からないほど丁寧にヤスリがかけられている。わずかでも厚みがあると仕事してないのがバレてしまうのだという。仕上がるまでには、こうした60以上の工程があるそうだ。

「本というモノが好きなんですよ。製本は、こんな本がいいな、こんなふうに形にしたいという思いを、叶えられる仕事なんです」とヒラヤマさん。そのためには手間を惜しまない。ひとつずつ丁寧に仕事をしていく。

紙の寸法をそろえるための断裁工程。ヒラヤマさんは手作業で、刃を何度もスライドさせて少しずつ紙の束を切っていく

革を挟んで「背バンド」という装飾をつくる。糸で綴じていた時代の名残りだ

本は読んでいるよりも、本を閉じてから家の中に飾られている時間の方が長い。ならば、お気に入りの1冊がきれいに装丁されていたら、所有する喜びも増す。書棚に並んだ全集はステータスのひとつだった。

ところが、時は流れ、手作業だった製本は機械化し、さらにはデジタル化によって、本は紙からも解放された。結果として、本のもつ「モノとしての価値」は揺らいでしまった。

それでも、手仕事による製本は、本が特別なモノだと再確認させてくれる。ヒラヤマさんは家族の思い出が詰まったアルバム、個人的な思い入れのある本などの修理や製本を手がける。それは誰かにとって大切な1冊を作る作業である。

「自分だけの特別な1冊を作るお手伝いをさせてもらっています。手元に置いてもらうことで、本を手にする喜びを感じてもらえるとうれしいです」

手作業で作る本も、デジタルも、いろんなあり方があっていい。ヒラヤマさんはそう考えている。多様化していく中で、変わることのない本そのものの魅力を伝えていく。